メルボルンの暗い歴史を辿る。旧メルボルン監獄に刻まれた囚人たちの記憶
19世紀半ば、ゴールドラッシュによって急速な発展を遂げたメルボルン。その華やかな繁栄の一方で、街には犯罪や貧困といった社会問題も広がっていた。現在も中心市街地に残る「旧メルボルン監獄(Old Melbourne Gaol)」は、そんな時代の歴史を今に伝える場所だ。重厚な石造りの建物に足を踏み入れると、外の賑わいとは対照的な静けさが広がる。薄暗い廊下、狭い独房、そして今も残る処刑台。かつてここに収容されていた人々は、どのような思いで日々を過ごしていたのだろうか。

現在は博物館として公開され、監獄内部の見学に加え、警察官役のスタッフに逮捕されるというユニークな体験ツアーも楽しめる。今回は、旧メルボルン監獄の歴史と見どころ、実際に参加したツアーの様子を紹介する。
ゴールドラッシュの繁栄とともに歩んだ、旧メルボルン監獄の歴史
旧メルボルン監獄の歴史は1845年に始まる。1850年代、ビクトリア州で金が発見されると、世界各地から一攫千金を夢見る人々が押し寄せた。ゴールドラッシュによってメルボルンは急速に発展した一方、人口増加に伴い治安維持や犯罪への対応も大きな課題となっていった。増え続ける収容者に対応するため、監獄は拡張を重ね、19世紀後半にはビクトリア植民地を代表する刑務施設のひとつとなった。

しかし、ここに収容されたのは凶悪犯罪者だけではない。窃盗などの比較的軽い罪を犯した人々や、社会的に弱い立場に置かれた人々も含まれていた。当時の植民地社会では、先住民アボリジナル・ピープルや中国系移民、アイルランド系移民などに対する偏見や差別も存在していた。法制度や警察の取り締まりも、必ずしもすべての人に公平だったわけではない。旧メルボルン監獄の歴史を知ることは、犯罪や刑罰だけでなく、当時の社会に存在した不平等について考えることにもつながる。1924年に監獄としての役割を終えるまで、ここには5万人を超える人々が収容されたとされている。
オーストラリアの伝説的人物、ネッド・ケリー
旧メルボルン監獄を語るうえで欠かせないのが、ネッド・ケリー(Ned Kelly)という人物だ。1854年頃に生まれたケリーは、19世紀後半のオーストラリアで活動したブッシュレンジャーと呼ばれる無法者のひとり。仲間とともに銀行強盗などを繰り返し、1878年には警察官3人を殺害した事件にも関与した。1880年、グレンロワンで警察との銃撃戦の末に逮捕され、同年11月11日、旧メルボルン監獄で絞首刑に処された。
ケリーを象徴するのが、逮捕時に着用していた手作りの鉄製甲冑だ。農耕用の鋤(すき)の金属部品などを加工して作られたもので、その重量は約44kg。頭部から胴体を覆う独特な形状をしており、警察との銃撃戦では銃弾を防ぐ役割を果たした。しかし、甲冑で覆われていなかった脚を撃たれ、最終的に逮捕されたという。旧メルボルン監獄でも、ケリーの甲冑に関する展示を見ることができる。なお、実際に本人が着用した甲冑の実物は、現在ビクトリア州立図書館(State Library Victoria)に所蔵・展示されている。
重大な犯罪に関わった人物でありながら、ケリーは現在もオーストラリアで高い知名度を持ち、一部では民衆の英雄として語られている。その背景にあるのが、当時の社会に対する反発だ。アイルランド系移民の貧しい家庭に育ったケリーは、警察による不当な扱いや、社会の不平等に強い不満を抱いていたとされる。自らの行動を正当化するために残した「ジェリルデリーの手紙」では、家族が受けた迫害や警察への批判を訴えている。こうした姿が、権力に立ち向かう反逆者として、一部の人々の共感を集めた。ただし、彼が主張した警察の不正や事件の経緯には、現在も解釈が分かれる部分がある。ケリーを英雄とみなすか、犯罪者とみなすか。その評価は決して一様ではない。
独房、処刑台、デスマスク。監獄内部に残る当時の記憶
わずかな光が差し込む、薄暗い独房
館内に入ると、中央の吹き抜けに沿って独房が並ぶ、独特の構造が目に入る。厚い石壁に囲まれた独房は非常に狭く、窓も小さい。外から差し込む光は限られ、扉を閉めれば、さらに暗く閉ざされた空間になったことが想像できる。壁に残された文字や傷のような痕跡も印象的だ。現在は静まり返っているものの、かつては多くの囚人がこの空間で生活していた。自由を奪われ、限られた空間で過ごす毎日は、どれほど過酷だったのだろうか。実際に独房の前に立つと、写真だけでは伝わらない閉塞感を覚える。

館内に残る絞首刑の処刑台
旧メルボルン監獄では、長い歴史のなかで133人が絞首刑に処された。館内には処刑台が保存されており、当時の刑罰制度を間近に感じることができる。印象的なのは、処刑台が独房の並ぶ建物の内部にあるということ。処刑台が日常生活の場と同じ建物に存在する環境は、収容者にとって大きな心理的負担だったのではないだろうか。自らの刑罰を待つ囚人はもちろん、ほかの収容者たちも、死刑という現実を身近に感じていたのかもしれない。現代の感覚では想像しがたい当時の刑罰のあり方を、強く印象づけられる場所だ。

死者の顔を残した「デスマスク」
もうひとつ注目したい展示が、デスマスクだ。デスマスクとは、亡くなった人物の顔や頭部から型を取り、その姿を立体的に残したもの。旧メルボルン監獄では、処刑された囚人たちのデスマスクが展示されている。
19世紀には、頭蓋骨の形状や凹凸から人間の性格や犯罪傾向を判断できるとする「骨相学」が信じられていた。現在では科学的根拠のない疑似科学とされているが、当時は犯罪者の性質を研究するため、デスマスクが制作されていたという。さらに驚くべきことに、一部のデスマスクには、処刑された人物の実際の毛が今も残されている。当時、型を取る前に男性の頭髪は剃られていたものの、まつ毛などが型に移り、そのまま石膏に残ることがあった。実際に、眉や顔の側面に毛が埋め込まれたデスマスクも保存されている。150年近く前に生きていた人物の痕跡が、今も目の前に残されている。その事実を知ると、展示物の見え方も大きく変わってくる。犯罪を科学的に理解しようとした当時の試みと、現代とは異なる死生観。その両方を感じられる、旧メルボルン監獄でも特に印象深い展示のひとつだ。
逮捕から収容までを追体験する「Life in the City Watch House」
旧メルボルン監獄を訪れるなら、通常の館内見学に加えてぜひ参加してほしいのが「Life in the City Watch House」という体験型ツアーだ。舞台となるのは、1909年から1994年まで使用されていた旧留置施設「City Watch House」。逮捕された人々が裁判を待つ間、一時的に収容されていた場所だ。

ツアーは、警察官役のスタッフによる迫力ある演出から始まる。建物に入ると、参加者は壁沿いに並ぶよう指示され、まるで本当に逮捕されたかのような状況に。スタッフは厳しい口調で英語を話し、参加者それぞれに架空の罪状を告げていく。もちろん、内容はユーモアを交えたもの。少し緊張感がありながらも、思わず笑ってしまう場面が続く。
その後は、実際に使われていた留置室や館内の設備を見学。通常の博物館とは異なり、かつての施設を体験しながら学べるのが面白い。ツアーの終盤には、女性用の運動場だった場所で、施設の歴史やメルボルンにおける犯罪の変遷について説明を受けた。歴史的な犯罪だけでなく、現代社会の犯罪問題にも話が及び、単なるアトラクションでは終わらない内容となっていた。
最後には、逮捕時の記録写真を模した「マグショット」を撮影できるコーナーも用意されている。せっかく参加するなら、ぜひ記念に一枚撮影しておきたい。なお、スタッフの英語は比較的速く、厳しい口調で話される場面もある。英語がすべて聞き取れなくても雰囲気を楽しめるが、基本的な説明を理解できると、より充実した体験になるはずだ。
メルボルンの華やかな歴史、その裏側を知る場所
美しい街並みやカフェ文化で知られるメルボルン。しかし、その発展の背景には、ゴールドラッシュによる急激な人口増加や、社会の不平等、厳しい刑罰制度といった歴史も存在している。旧メルボルン監獄は、そんな街の過去に向き合うことのできる貴重な場所だ。薄暗い独房や処刑台を見学し、当時の人々の暮らしに思いを巡らせる。そして体験型ツアーを通じて、司法制度や犯罪の歴史について学ぶ。メルボルンをより深く知りたいなら、ぜひ訪れてほしい施設のひとつだ。

INFORMATION|Old Melbourne Gaol
施設名: 旧メルボルン監獄(Old Melbourne Gaol)
住所: 377 Russell Street, Melbourne VIC 3000, Australia
営業時間: 10:00〜17:00(原則毎日営業)
休館日: グッドフライデー、12月25日
入場料: 大人38豪ドル、30歳未満30豪ドル、子ども(5〜15歳)22豪ドル
所要時間: 約1時間30分〜2時間
アクセス: Melbourne Central駅またはState Library駅から徒歩約5分。無料トラムゾーン内のStop 8(Exhibition Street)からもアクセス可能。
予約方法: 公式サイトからオンライン予約、または現地でチケット購入
決済方法: オンライン購入時は予約画面に表示される対応決済手段を確認
追加体験: 「Life in the City Watch House」は一般入場券に追加料金7豪ドルで参加可能。所要約30分。事前予約推奨。
公式サイト: https://www.oldmelbournegaol.com.au/
※料金・営業時間・体験プログラムは変更される場合があるため、訪問前に公式サイトで最新情報を確認してほしい。